1/35に縮小された人体による世界救済計画
22世紀後半、人類は危機の時代を迎えていた。
人口の増加が止まらず、地球が抱えきれる限界を突破してしまったのだ。
地中や海底の開発、宇宙への進出など、新しい居住地を作るプロジェクトが何度も立ち上がるも。
国家は富とメンツを求めて互いに争い、足を引っ張り合うばかりでどれ一つとして実を結ぶことは無かった。
だが、その間も人は増え続ける。
刹那の享楽的な喜びにしか興味の無い人類の未来に暗雲が立ち込める中……一人の天才が現れた。
H・テペーニン博士である。
テペーニン博士は22世紀の世界では当たり前となったナノマシン工学の専門家。
その時代、富める国では文明の利器の発達により、人体は弱体化を重ね、全ての日用品に動きを補助するためのナノマシンを組み込まないと日常生活ができないほど脆くなっていた。
弱りきった人体に変わる、新しい強靭な人工の肉体の開発が盛んになる中、脆弱化し続ける人間の人格や意識、遺伝情報を保持し、第2の体として利用できる、1/35のミニチュアサイズの人体素体「ケルバー」を発明したのだ。
増えすぎた人間たちの意識をミニチュアサイズの素体に移せば住居問題も解決し、生存に必要なエネルギーも人体の1/ 1000で済む。
意識を移した本体は永続的に保全できるコールドスリープ処置を施し、いつか技術が発達し、外惑星の開拓など居住地やエネルギー問題が解決した暁には肉体に戻り、再び肉体を取り戻す。
こうしてテペーニン博士により提唱された「箱庭世界計画(ディオラマワールドプロジェクト)」は主要国の目に止まり、人類存続計画として採用されることになる。
反対の声も上がったものの、1/35に縮小された世界は誰の目にも新しく、スリリングで魅力的であった。
いつしか自分から希望して1/35に縮小された遊園地のような都市の住民となるものが増えてゆき、23世紀を迎える頃には300億人全ての人類がケルバーに体を移し、箱庭世界計画は成功したと誰もが疑わなかったのである。
肉体を持たない人類「KG」の誕生
1/35に縮小された世界「ディオラマワールド」
誰もが広大な土地を持ち、現実世界ではなし得なかった自由を獲得し、やりたいことはなんでもできた。
強固な外壁に守られ、外部の危険な生物や天候の変化にも影響されることの無い、何千年でも安定した機能を保ち続ける楽園。
だが、一つだけ予想外のことがあった。
「子供を持ちたい」という人間の本能的な欲求である。
箱庭世界移行期に子供だった層が成長するにつれ、「子を持ちたい」という声はどんどん強くなっていった。
そこで考え出されたのが、ケルバーに保存された遺伝情報同士をかけ合わせ、新しい意識体を生み出す技術であった。
「KG(ケルバージェネレーション)」の誕生である。
だが、KGには一つだけこれまでの人間と違うところがあった。
「生身の肉体が無い」のである。
意識も、心も、普通の人間と変わらないのに、彼らにはいつか箱庭世界計画が終わったときに戻るべき肉体は存在しない。
「ディオラマワールド」の法規ではKGの登場は想定されておらず、彼らは正式な人間ではなく、「ケルバーを動かしている娯楽用プログラム」として扱われた。
KGは次第に増え続け、そして成長してディオラマワールドの一大勢力となっていく。
だが、その存在を恐れたディオラマワールド管理機構はKGの人権を厳しく制限。
特にKGが自分たちの権利を主張し、クーデターを起こした事件をきっかけに、KG同士が子供を作ることは禁忌とされた。
肉体を持つ親と、持たない子。
2つの世代は対立し、やがてディオラマワールドを崩壊させるほころびへと繋がっていく……
ディオラマワールドの崩壊
肉体を持つもの持たぬもの、肉体に憧れるもの憧れぬもの。
さまざまな意思をはらみながら、100年の歳月が瞬く間に過ぎ去っていった。
当初、「箱庭世界計画」では人類の技術進歩スピードから逆算して50年後には宇宙開拓移民の第一世代が地球を経つ、とされていた。
だが、その計画がまったく進んでいないのは誰の目にも明らかだったのである。
100年の月日の中、かつて肉体を持っていた人々の多くは小さな素体として生きることに疲れ果てていた。
長い時を生きた人々の中からは、ちいさな素体として永らえることよりも、生身の身体に戻り、人として死にたいという声が日増しに高まっていった。
100年前の約束では、100年後には誰でも自由に肉体に戻ることが出来るとされていた。
だが、それが実現することは叶いそうにない。
業を煮やした人々は、100年間隠匿されていた肉体保管所の場所を探しだそうと躍起になった。
だが、どこを探しても肉体保管所を見つけることは出来なかった。
それもそのはずだ。なぜなら、人々の肉体は保管などされていなかったのだ。
ケルバーへ意識が移入されたあとの肉体は一部の特権階級を除いて処分され。
全人類の肉体の80%はとっくの昔に土へと還っていたのだ。
その真実に人々は狂い悶えた。
いつか帰る肉体があるからこそ、ちっぽけなミニチュアとしての生活に甘んじることができていたのだ。
ディオラマワールドが大混乱に陥る中、それまで虐げられてきたKGたちが各地で策動を始める。
混乱のスキを突いて管理機構によるKGの能力制限プロテクトを解除し、ディオラマワールドを自分たちのものにせんと大規模な反乱を起こしたのだ。
本来、ディオラマワールドが危機に陥ったときはごく少数残された人体に管理機構の人間が意識を戻し、ちっぽけな小人たちを蹴散らすことになっていた。
だが、100年ぶりに戻った肉体は指一本動かせないほどに弱体化しており、軍隊アリの前に飛び出した動物のように、見る間に全身に群がったKGにより、物言わぬ肉塊へと成り下がっていった。
各地のディオラマワールドは崩壊し、1/35の世界で生まれた小人たちはついに外界へと踏み出したのだ……
ケルバーダインの誕生
ディオラマワールドから、外界へと飛び出した小人たち。
だが、彼らは直ちに困難に直面した。
1/35の小さな体では、資源を採掘したり、開発して新しい「モノ」を作り出すことが困難だったのである。
かつてディオラマワールドの管理機構が動かしていた生産プラントもそのほとんどが停止していた。
そして、最も大きな脅威は新たに登場した外敵の存在。
昆虫やネズミなどの小動物だ。
大型哺乳類は旧世代に全て絶滅していたが、爬虫類、昆虫類などは旧世代の人類が消えたことで大繁殖していた。
ディオラマワールドの機能が低下したことで、外壁を破って侵入する生物が現れたのだ。
ケルバーを構成するナノマシンは有機炭素化合物により生成されているため、小動物にとっては格好のエサであり。
侵入した巨大モンスターに、1/35の小人でははまったく刃が立たず。
仲間が貪り食われる音を聞きながら、隠れて彼らが満腹になって帰るのをただ待つしかできなかった。
自衛手段を模索した彼らが着目したのが、ディオラマワールド以前に作られた旧世代の日用品であった。
世界中に放置されている旧世代の日用品には、当時肉体が弱体化していた人の動きを補助するためのナノマシンが組み込まれている。
本質的に情報生命体に近いKGたちは、ある程度なら日用品に自らの意識を移し、動きを再現することができることがわかったのだ。
ボトルのキャップであれば回転の力、クリップであれば挟む力、ライターであれば熱を発する力、刃物であれば物体を切断する力。
だが、それ単体で撃退できるほど、外界の生物は甘くない。
この危機を乗り越えるため、肉体世代の人類とKGは協力し、日用品に組み込まれた運動情報を伝達可能な特殊な接着剤「ゼノダイン」を開発。
ゼノダインで旧世代の日用品をつなぎ合わせ、外敵を排除するための戦闘用強化素体を作り上げたのだ。
これは簡単に生産可能であり、かつ外界の生物を撃退するには充分な性能を持っていた。
再生構築機……「ケルバーダイン」の誕生である。
ケルバーダインにより、外界への本格的な進出が可能となったことで、小人たちは箱庭都市の外へと次第に生存圏を広げてゆく。
「ディオラマワールド(箱庭世界)」から「ミキシングワールド(再生構築機界)」へ。
小さな人類による新しい時代「MIXING CENTURY(ミキシングセンチュリー)」の始まりである。
対立する2つの陣営「リザレクト」「エグゼクト」
ミキシングワールドは現在、主義主張の異なる二大勢力が激しい抗争を続けている。
「リザレクト」はかつて箱庭世界計画を主導した旧世代の人類主導の勢力で、世界に残されたわずかな人体を取り戻し、生物としての人間へと回帰することを目的としている。
「エグゼクト」はKGが主導している勢力で、肉体の消失を新たな進化の段階と捉え、世界に残されたわずかな人体をも全て破棄することでより完璧な存在へと昇華することを目的としている。
リザレクトとエグゼクトの戦闘の主役はかつて外敵から身を守るために生まれたケルバーダインであった。
ケルバーダインを使った二大勢力の争いは激化し、ミキシングワールドの混迷は深まってゆく…
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