グラッズドレア バトルストーリー(AD2364年『名前を呼んで』)
「……おかしい。静かすぎる」
バーリンドの異常に警戒した声。
バリゴの背中から眺める、13年ぶりに帰ってきたスフィアエッグの街は……静まり返っていた。
スフィアエッグはグロッフに並ぶ箱庭都市だ。
普段なら、「H・テペーニンリアルスケールモデル博物館」に向かう観光客で大通りはいっぱいのはず。
「バーリンド、工房はあっちだ!」
焼け落ちた工房ははスフィアエッグ西端、レジン川を望む崖の上だ。
バリゴが西へむかう坂道を駆け上がる。
「ぐがっ、グガガッッ、ギッ」
静けさを破る、ひどく耳障りな音が西に進むたびに聞こえてくる
子供の頃、毎日のように兄さんと一緒に通った道のあちこちに。
奇妙に形の歪んだケルバーダインの残骸らしきものが散らばっていた。
「ギギギゥゥ!だすすげ、ぐるじぎぎぎっ」
「なんだ、これは!」
滅多に声を荒らげないバーリンドが叫ぶ。
残骸から、頭や手、体が突き出し、苦痛の声を上げている。
「ぎだい、いだ、いダダダダい、いたいいいいいいいッ!」
「おどうザザん!お、ががががあああああああざあざああッ!」
「ジヌ、じ、じじじぬぬぬぬ!」
「ごごごロジデ!がガアがッ!ゴロじてッ!」
ケルバーダインの部品と、ケルバーがぐちゃぐちゃに融合している……!
「なんなんだ!これは!」
「母さんだ。バーリンド。急ぐよ」
地獄だ。昔、エルク兄さんと一緒に見た絵そのものだ。
旧人類が信じていた、罪を犯した人間が死後永遠にそこで苦しむという、おぞましい場所を描いた絵。
怖くて震える僕を「旧人類の肉体に縛られた妄想に怯えるな! 」と母さんは叱りつけた。
母さんが地獄を恐れなかったのは当然だ。
だって、母さんは地獄を作る側なんだから。
「あれは……!」
懐かしの我が家「グペインKD研究所」の焼け跡にたどり着いたとき、二体のケルバーダインが戦っていた。
一体はグロッド。
ここを離れるとき、スフィアエッグ守備隊に母が譲渡したケルバーダインだ。
直径30cmの岩をも砕くそのパワーに耐えられるケルバーダインは今でもそういない。
もう一体は………間違いない、母さんだ。
白い。そして、おぞましい。
あれが母さんのバテスの成れの果てなんだろうか?
全身から、骨のような突起が突き出した、見たこともない禍々しいケルバーダイン。
「ゴミに戻れええええええええええ!!!!」
グロッドの騎乗者が雄叫びと共に、グラインダーアームを叩き込む。
その声を聞いて、ホッとした。
僕が知っているスフィアエッグの、誰の声とも違っていたから。
一撃は白いケルバーダインの胴体に直撃し、上半身がバラバラに飛び散る。
「シェラルドさん!」
バーリンドは優しい。こんな状況になっても、母さんのことを心配しているんだから。
でも。
白いケルバーダインは倒れない。
胴体がまるで時間を巻き戻すように再生していき。
グロッドのグラインダーアームを、胴体でガッチリと咥えこむ。
「化け物が!離せ、離せえ!離せっ、ぐぅ!ぐぐああがガガガガッ!」
グラインダーアームの色が、輝く赤銅色から少しずつ、禍々しい白へと変化し、自分へと取り込んでいく……!
食っている。
ケルバーダインがケルバーダインを食っている。
バジャン、と、ケルバーダインの部品が千切れる音が響く
白いケルバーダインが右腕のナイフでグロッドをバラバラに切り刻む
グロッドの四肢が飛び散り、残骸が降り注ぐ。
転がってきた破片は、これまでの道で見てきたあのおぞましい物体そのもの。
そして、張り付いた顔面と目が合う。
「ギギッ!ギぅグ!がッ、ぎ、ニゲロッ」
今になって、グロッドの騎乗者は僕らに気がついたらしい。
グチャグチャになっていても、真っ先に僕らのことを気遣ってくれた。
きっと、父のように優しいケルバーだったんだろう。
グロッドを平らげた白いケルバーダインが、やっとたどりついた焼け跡の中心で叫んでいる。
「グ……ラズ……エル……ク……! ガ……ラズ…… エルク!ググググググ!!!!」
母さんは父さんと兄さんの名前しか呼ばない。
「僕の名前をなんで呼ばない!」
白いケルバーダインは振り向かない
「グリトだよ!母さんの息子の!」
白いケルバーダインは振り向かない
「僕を見て!名前を呼んで!」
白いケルバーダインは振り向かない
すう、と思い切り息を吸い込み、全力を振り絞って声を叩きつける。
「ラズとエルクを殺したのは僕だ!!!お前が探しているケルバーがここにいるぞ!!!」
白いケルバーダインが、ゆっくりと振り向いた。
「グ……ラズ……ド…レアアアアアアアア!!!!!!!」
上空を見上げ、耳の奥がゾワゾワする咆哮を上げる。
これは、喜んでいる声だ。母さんはそういう人だ。
「やっと、見てくれたね」
全身に突き刺さる、憎々しい視線の圧力で吹き飛びそうになる。
それが何よりも嬉しくて。
ずっとしがみついていたバリゴの肩から飛び降りながら叫んだ。
「バーリンド、バリゴで母さんの気を引いて! ちょっとだけでいい!」
「何をする気だ!」
「母さんをぶん殴る!」
「は?」
「母さんをこれからぶん殴るから、ケルバーダインを取ってくる時間を稼いでくれ!」
「馬鹿言うな!さっきのグロッドを見ただろう!」
「なら素手で殴る」
バーリンドは僕を引き止めるのを諦めた。
「ケルバーダインなんて、どこにあるんだ!もうこの街には残骸しか残っていないぞ!」
「工房の地下に、とっておきのケルバーダインがあるんだよ!」
全力で駆ける。
13年前のあの日、どうしてもあのケルバーダインに騎乗してみたかった僕はこっそりと持ち出した。
父さんと兄さんは僕がバレないように、家で母さんの気を引いてくれた。
そして、あの火事が起きたんだ。
僕はスフィアエッグを出るとき、工房の地下にあのケルバーダインを隠した。
母がはじめて再生構築したケルバーダインを。
グラッズドレア 機体解説
グラッズドレアは「ガイストダイン」と呼ばれる特別なケルバーダインである
通常、ケルバーダインへの搭乗中にミキシンクロレートが150%を越えた場合、搭乗者は機体と完全に融合し、意識を失って暴走した後に自壊する。
だが、ごく稀に崩壊せず、完全にケルバーダインと融合してしまうことが発生する。
こうして生まれるのが「ガイストダイン」だ
シェラルドの「グラッズドレア」はミキシングワールドの歴史上、初めて誕生が記録されているガイストダインである。
ガイストダインは特殊な能力を持っており
○自己再生・自己進化能力
○ミキシンクロレートに左右されない無限の行動時間
○人型に限定されない姿
○上空を流れる、ケルバーを発狂させる毒電波の無効
など通常のケルバーダインにおける制限が無く、極めて強力な戦闘能力を持つ。
ガイスト化の条件は不明であり、エグゼクスの回数、100〜150までのミキシンクロレートを体験した総騎乗時間、PGの孫世代以降であること……など様々な説が議論されているが、どれも憶測の域を出ない。
ガイストダインは好んでケルバーやケルバーダインを取り込む、つまり捕食する性質があり、ケルバーにとっては野生動物を超える恐るべき敵である。
個体数が極めて少ないものの、ガイストダインの引き起こす災害は凄まじく、箱庭都市が一夜にして壊滅する事件も記録されている。
ガイストダインの多くは自我が崩壊しており、まともな会話が成り立つ個体は極めて少ない。
だが、知性を持ち、騎乗者の人格をそのまま残したガイストダインもごく僅かながらに存在している。
彼らは条件次第ではケルバーに協力することもあるが、その代償は生きながらギチに食われるよりも恐ろしいと言われている
知性のある無し関わらず、どうやらガイストダインはその全てが一様に「なにか」を集めていることがわかっている。
その「なにか」はミキシングワールドの根幹を揺るがす重大な秘密であるとも、また、生前の執着であるとも言われている。
グラッズドレアの再生構築過程と旧設定はこちら↓
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